つばさの翼 (第三章の30) ・・二人の空・・

「伊織、おまえ無くしとうなかったんやな」

 つばさにすべてをさらけ出すときに振り絞った力は、伊織の身体を強張らせたままでいた。

 シロの声を耳にしたつばさなら、おそらくは大丈夫だろう。数字で言えば95パーセントくらいの確立で自分の過去を受け入れてくれるだろうという計算はあった。でも、もしつばさがこの聴話霊力という、皮肉なことにシロから名前を教えてもらったありがたくもない力のことを気味悪がって自分から離れていってしまったら、と想像すると残り5パーセントの確立が五倍にも十倍にも膨れ上がるような気がして不安で堪らなかった。
 

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つばさの翼 (第三章の29) ・・伊織の空・・

 伊織はゆっくりと立ち上がって窓際まで寄りつばさの左横に並ぶと、つばさが背を向けている空を遠い目で眺めた。

 鳶(とんび)は先ほどとほとんど変わらない楕円軌道で、大きな翼を広げて滑空している。

「おまえの名前っていい名前だよな・・・」

「え!?」

 突然何を言い出すのかと思い、つばさはしかめた顔をして伊織の方へ振り向いた。何が言いたいのか全然わからない。話の脈絡がまったく繋がっていない。
 

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つばさの翼 (第三章の28) ・・矛盾・・

「なんで黙ってたんや?」

 伊織に背を向けたまま、窓ガラス越しに空を見上げる。

 鳶(とんび)が一羽、大きな羽を広げて円を描きながら滑空している姿が目に入る。悩み事なんて何もなく、ただ大空を気持ちよく飛んでいる。その眼下にある屋根の下で、つばさが中和しきれない感情を抱きながら見つめているなんてことは、鳶には知る由もないだろう。

「何を?」

 つばさは伊織の方へ身体を向け直す。

「何をって、今、おまえが話したことや。毎日、毎日、嫌っちゅうほど会(お)うてるのに、なんで黙ってたんや。僕のこと、そんなに信用できひんのか!」
 

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つばさの翼 (第三章の27) ・・襞(ひだ)に張り付く不満と腹立たしさ・・

 いつか靖が酒を飲んでほろ酔い気分のとき、人生の先輩よろしく、つばさに言ったことがある。

「本当の友達ってやつは、人が生まれてから死ぬまでに二人か三人もできたら上出来や。多分、つばさと伊織は大人になってもな、歳を取ってどっちかが先に死んだとしても友達なんやろうな。そやからな、伊織のこと、大切にしいや」
 

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つばさの翼 (第三章の26) ・・初めて知ったこと・・

「今でも幽霊たちの声って聞こえるのか?」

「いや、最初に言ったろ。正確に言えば聞くことができたって」

 じゃあ、今は聞こえないってことか、とつばさは頭の中で伊織の言ったことを変換した。

 伊織は京都に引っ越してくる前あたりから徐々に声は聞こえなくなり始め、こっちに来てからは不思議とまったく耳にしなくなったのだと話を続けた。

 その後に伊織は目を少し伏せて、今までつばさに見せたことのない曇った表情を顔に浮かべた。
 

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つばさの翼 (第三章の25) ・・つばさの反応・・

「おれな、力があるんだよ」

「力・・・。力って、いったいどんな力なんや?」

 つばさの問い掛けに、伊織は一瞬答えることを躊躇った。真実を話すという土壇場に来て、その後のつばさの反応が急に怖くなったのだ。しかしすぐにもう後には引けないと思いなおした伊織は、思い切ってこれまで隠し続けてきたことを口にした。

「死んだ者の声を聞くことができるんだ。いや、正確に言えば聞くことができたって言った方がいいのかな・・・」
 

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つばさの翼 (第三章の24) ・・なんでおまえが知ってんねん・・ 

 そう言えば、天国とは言ってなかったなぁ。天界、こんな感じやったと思うけど、ちょっと違うな。天国界、う~ん、これも違う。てん、てん、あ~何やったかな・・・。てんこ、あ、そや、てんこん・・かい。そや、天魂界や。うん間違いない。

「伊織、思い出したで。天魂界、天魂界や」

 それを聞いて伊織は、今まで閉じていた瞼を開きゆっくりと体を起こす。そしてつばさの目を真っ直ぐに見つめた。

「そう、シロの魂は天魂界に昇っていったんだ」

「ちょ、ちょっと待って。なんで伊織がそんなこと知ってんねん」
 

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つばさの翼 (第三章の23) ・・黙り込む伊織・・

「悪かったな、伊織。おまえの嫌いな話を無理矢理聴いてもらって」

「誤解すんなよ。別におれは嫌いなわけじゃないよ。ただ、まあ、いろいろあるんだよ・・・」

 伊織はそう言葉を返すと、組んでいた脚を解いて床の上にゴロンと仰向けになり、両手を頭の下で組んで枕代わり寝っ転がると、何かを考え込むようにして目を閉じた。
 
 まあ、いろいろあるんだよ、か。でも、いろいろっていったい何があったんだろう。

 つばさはその言葉の裏に、何かこう、伊織がつばさには見せたことのない重苦しいものが隠れているような気がした。
 

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つばさの翼 (第三章の22) ・・不法占拠・・

 東京に住んでいたとき、友達に死んだ者たちの声が聞こえると言ったら、最初は皆「スッゲー、おまえ霊能力者なのか」などと言われて一躍クラスの人気者になった。休み時間になると、いつも伊織の机の周りにはクラスメートが集まって怪談話感覚で話を聞いては盛り上がった。

 でもそれは最初のうちだけで、得意気に昨日はどこそこであんな声が聞こえたなどと度々喋っているうちにだんだんと友達が気味悪がり始め、気がつけば伊織の周りには人が寄り付かなくなっていた。

「おまえ、気味悪いんだよ。近寄るな!」

「教室に幽霊をつれてくんなよな!」

 そんなことを言われたことだって一度や二度じゃない。
 

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つばさの翼 (第三章の21) ・・聞いてほしい話・・

「わかった。おまえの気持ちはようわかったから、もうその気色の悪い真似はやめてーや。いつまでもそんなことされてたら、ゲー吐きそうになるわ」

「あら、そう。オホホホホ」

「そやから、もうエエっちゅうねん!早よ、その辺に座れ。おまえに聞いてほしいことがあるんや」

 聞いてほしいこと・・・。
 

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